「クワイエット・ラグジュアリー」

「クワイエット ラグジュアリー」

9月10日のインスタグラムの投稿に多くの方から反響を頂いたので、日本繊維新聞の全文ご紹介します。お時間あるときにでもご覧頂ければ幸いです。

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「静かなぜいたくの時代」

久々に大きなトレンドが登場している。「クワイエット・ラグジュアリー」である。ブランドロゴや派手なデザイン性を排し、抑制された配色の基本的なアイテムでまとめているが、上質な高級品であることが見てとれる。そんな「静かな」富裕スタイルをさす。

SNSの「映え」とは対極にあるシンプルで上品なファッションは、2018年からスタートした米放送局HBOのドラマ「メディア王~華麗なる一族~」(原題Succession)において、既に話題になっていた。世界的メディア企業を経営するロイ家の後継者争いを描くドラマだ。カシミヤセーターにパンツといった長女のシンプルなワードローブや、ネクタイ無しで優越を示す男性陣の余裕あるスタイルが「オールドマネー」の富と権力を示唆していた。

トレンドの起爆剤となったのが、今年3月、スキー中の事故をめぐり訴訟を起こされたアメリカの女優、グウイネス・パルトロウさんの法廷での装いだった。肘までたくし上げて着るソフトなグレーのスーツ、白いカシミヤセーターに大振りのメガネなど、一目で高級品とわかる基本的なアイテムをこなれた表情で着こなして出廷し、証言と共に装いが大々的に報道された。

これを機に、クワイエット・ラグジュアリーは「うるさく」語り始められ、23年秋冬シーズンの主流をなすファッショントレンドとなった。ミニマリズムほどそぎ落としててはおらず、ノームコア(「究極の普通」を意味するシンプルなスタイル)より洗練されている。ロロ・ピアーナ、ヘルノ、ブルネロクチネリ、ザ・ロウといった品質も価格も高級な「知る人ぞ知る」ブランドが脚光を浴びている。

目立たぬことを身上とするトレンドならば、目新しいわけではない。「ステルス・ウイルス(隠れた富)」あるいは「ディスクリート(慎みのある)・ラグジュアリー」といった表現で20世紀からずっと存在してきた。ボッテガ・ヴェネタはロゴマークを出さず革の編み方で静謐なラグジュアリーを表現する。「気づかれない事こそ最高」「振り返られたら失敗」というファッション格言ならば、更に前の時代から頻出する。

そもそも、この種の装いの主な担い手は経済的に余裕があり、ゆえに人目に立つことを避ける層だった。誇示的な態度から距離を取り、「内輪の掟」がある特別な世界に煙幕をはるかのように、大衆の嫉妬の攻撃から自らを守ってきた。

とはいえ、というかそれゆえに、着る人の振る舞い方とセットになるとステータスはかえって明白に伝わり、むしろ無言のパワーとして機能してしまう。「原告が訴えを起こしたのは賠償金目当て」というグウイネスさんの弁護士の主張は、彼女が着こなす上質で堅実な服と立ち振る舞いによって説得力を持った。

そんな特権的防護服の威力が法廷で明らかになり、少数派の生活様式を超えて、クワイエット・ラグジュアリーは今シーズンの支配的な美学となった。ブランドロゴや驚きのコラボで価値を宣伝するのではなく、計算されつくしたシルエット、高級素材、そして地味で繊細なカラーパレットでささやくようにアピールする。マックスマーラはコレクションを「キャメロラクシ―」と名付けた。地味色キャメルを着る特別な階級というニュアンスが感じられる。

一つのファッショントレンドとしてとらえると、振り子のようなものなので、近年グロテスクなクローゼットをひけらかしてきたインフルエンサーカルチャーに対する反発という面を持つ。目も心も疲れさせるインフルエンサー情報よりも、静かに力を発揮するインサイダー情報が新鮮に映っているのだろう。とはいえ、SNSでは「#stealthluxe(ステルスリュクス)」「#queietluxury(クワイエット・ラグジュアリー)」というハッシュタグを付けた新たなインフルエンサーたちが勃興。このルックを安価に手に入れる方法を紹介しているという相変わらずな世界が展開する。

安価であれ、クワイエット・ラグジュアリー的な装いは、時代の空気にもなじむ。持続可能性に重きが置かれる風潮の中で、長く着られる服を選びたい、そんな選択が出来る人と見られたいという願望が若い人の間で高まってきていることと無関係ではないだろう。継ぎはぎを当ててまで服を長く着ている英国のチャールズ国王の存在感も大きい。英国王はむしろクワイエット・ラグジュアリーの前衛的な体現者かもしれない。

また戦争や暴動や自然災害で苦しむ人も多い世界で、ブランドロゴに頼る虚栄が見え隠れするファッションの誇示は、鈍感さの露呈にしか見えない。経済的困難や自然災害で苦しむ同胞が多い時、良識ある人は、浮かれはしゃぐ姿をみせることはしない。トーンダウンは配慮である。

さて、勝った「被告」グウイネスさんが、法廷を去り際に原告にかけた言葉は「お幸せにね(I wish you well)」であった。こうした優しさと嫌みのギリギリのブレンドをきわめた言葉を静かにかけられるような振る舞いが、ある階級にとっては一過性のトレンドではなく通常運転である「クワイエット・ラグジュアリー」の効果を完璧にする。

2023年9月3日、日本経済新聞 The STYLE Fashion全文

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この記事を書いたのは、私がまだ30代前半、ファッションに駆け出しだった頃、その美しすぎる文章に憧れ、この業界への希望を抱かせてくれた服飾史家の中野香織女史。

私にとって憧れの二人の女性、グウイネスパルトロウと中野香織氏の偶然の出会いは、最近の感動した一番の出来事でした。

長いファッションの歴史の中で再び浮上した「クワイエット・ラグジュアリー」の定義は、現代にさらに認められ進化していきます。

新しいトレンドといえども「クワイエットラグジュアリー」は、既に市場に出回り始めました。だからこの言葉の意味も、解釈も人それぞれ、自由に使い自由に生かせればいいと感じています。

例えば、MATTOTTIでは「ザ・ロウ」「アンドウムルメステール」「ドリスヴァンノッテン」「ポールハーンデンシューメーカー」「チヴィディーニ」「メゾンマルジェラ」・・・。

自分軸をしっかり持つ人がそれを伝える資格があるのだと思います。

ご来店のお客様や、遠方のお客様にはこの記事の全文をコピーして、同封してお渡ししました。

そして来月、私は3年ぶりにパリコレに行くことにしました。それを決めたのもほんの数日前。フライトやホテルの高騰、戦争、コロナ、自然災害・・・。信じられない現実、目を覆う事実の中で、これからファッションはどうなるのか。37年目を迎えるMATTOTTIのこれからを自分の目で見て感じることの必要性を感じたからです。

急遽決めたパリコレの為、ランウエイは見る事が出来ませんが、少しでもSNSを通しMATTOTTIの揺るぎない軸を感じて頂ければと思います。

(モノクロの画像は5年前のパリコレ。2018年秋冬、オリヴィエティスケンスのパリコレショー会場。)

オーナーバイヤー岩高

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10月1日(日)~10月11日(水)まで海外バイングの為MATTOTTIのみクローズしております。